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「ピンク映画の黒澤明」と呼ばれた男、若松考二監督アウトロー伝説(dmenu映画)




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出典元: (c)2018若松プロダクション

激動の60年代。映画で日本社会に噛みついた、狂犬のような映画監督がいた。その名は若松孝二。高校中退でヤクザになり、ケンカで刑務所送りになった後、映画監督になってピンク映画(低予算・早撮りで量産された成人向け作品)の世界で活躍。次々とヒットを飛ばして「ピンク映画の黒澤明」と言われた男だ。

その一方で、その芸術性は海外で高く評価され、映画祭にも招かれた若松は、1965年に映画制作会社〈若松プロ〉を立ち上げ、日本の映画界で一匹狼を貫いた。若松孝二率いた若松プロとは、どんな集団だったのか。彼らが映画に賭けた日々を描いたのが『止められるか、俺達を』だ。



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